山花郁夫

【山花郁夫】■論・憲法~立憲主義を守るために 第1回

第1回 【現行憲法の無謬性?】

さて、私自身は、日本国憲法(現行憲法)について、一切手を付けるべきでないと考えているわけではありませんし、良い方向に改めるということであれば、大いに議論があってしかるべきと思っています。
よく、アンケートなどで、「憲法改正に賛成ですか?反対ですか?」という設問があるのですが、これは困るんですよねぇ。よく変えるのなら賛成ですし、悪く変えるのなら反対。当たり前のことだと思います。

ところで、いわゆる「護憲派」と呼ばれる方々の中には、現行憲法は素晴らしいものであり、何らの誤謬もないのだ、ととらえられる主張をされる方がいるのも事実です。しかし、現行憲法にも妙なところがあるのも事実です。ちなみに、タイトルにある無謬性とは、「誤りがない」という意味です。ちょっと難しい表現かもしれませんが、ご容赦ください。

たとえば、各章ごとについているタイトル。第4章「国会」、第5章「内閣」、第6章「司法」となっています。国会と内閣は、機関の名称ですが、司法は作用の名称です。
少しわかりづらいかもしれません。三権分立と言ったとき、立法、行政、司法という作用を思い浮かべるのではないでしょうか。その作用を日本ではどの機関がつかさどるか?と言われれば国会、内閣、裁判所ということになります。

実際、憲法41条は「国会は……唯一の立法機関である」と規定し、65条では「行政権は内閣に属する」、76条1項では「すべて司法権は、最高裁判所および……下級裁判所に属する」とそれぞれ規定しています。
ですから、本来、第6章のタイトルを「裁判所」とするか、逆に第4章「立法」・第5章「行政」とするほうが概念としては正しいはずです。

また、衆議院の解散についても、いったい誰が解散権を持っているのか、ということについて実は憲法の条文の上でははっきりと書かれていません。憲法解釈上の大きな論点となっており、学説の中には、衆議院が自ら議決して解散することだってできるのだという考え方(自律的解散説)もあるくらいです。

今では7条に基づいて内閣が解散できるのだ、という運用がされていますが、憲法成立直後はどのように読めばよいのかわからず、当時の与党がわざわざ内閣不信任案を可決して解散するという、今では「意味不明」と言われそうなことまであったくらいです(昭和23年12月23日)。

詳しい説明は避けますが、7条に基づいて解散権が内閣にある、というのもかなり技巧的な解釈であり、本来的には内閣に解散権があることは条文上明記されてもいいことのはずです。

ただし、この2つの事柄をもって憲法を改正すべき、と言われても、おそらくピンとこないのではないでしょうか。
私は、将来、もっと個々人にとって切実な憲法改正が提起されたときに、「付録」程度の形で提起されればいいと思います。そのほうがスッキリする、という程度の話ですから。


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