井戸正枝

【井戸正枝】日本では「トランプ現象」はしばらく起こらない?

東洋経済オンラインに「『トランプ現象』は、いずれ日本でも起きる」との記事が掲載されている。http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161115-00145121-toyo-bus_all

「格差社会の広がりが、最終的には政治分野にも「『エスタブリッシュメントによる大統領の独占』に対する危機感」同様のことをもたらす、のではないか、という内容だ。

立場的に言えば、それを期待したいと思いながらも、
残念ながら、ワタクシはそうは思わない。

「トランプ現象」は日本ではしばらく起こらない。
「百合子現象」は起きても(笑)

以降、縷々、その論拠を示して行きたい。
基本的にはこの6つだ。

  • ①国のトップの選ばれ方の違い 大統領制と議院内閣制
  • ②地方政治では既に「プチトランプ現象」は起きている
  • ③「毒」は「毒」を持って制する 「家柄」への奇妙な信頼感と「戸籍」
  • ④ 今や美味しくない「政治の仕事」
  • ⑤ 橋下徹氏が闘う、『』つきの『既得権益
  • ⑥ あるとすると自民党が相当に傷んだとき

①国のトップの選ばれ方の違い 大統領制と議院内閣制

日本の総理大臣は、国民の直接投票では選ばれない。
もちろん、選挙で第一党となった政党のトップが首班指名を受け総理大臣になるのだが、選挙時はそうであっても、政治的転換が必要となった時には「解散」ではなく「内閣総辞職」で総理大臣が生まれる。
日本としては珍しく、久しぶりの政治的エリート家庭以外に育った菅直人総理大臣、野田佳彦総理は選挙で選ばれた総理大臣ではない。あくまで民主党内の選挙に勝っただけで、民意を十分に反映したかどうかはわからない総理である。
旧くは田中角栄総理もそうである。4年に一度、大統領を選ぶ代議員を選出すると言う形で国民が選挙権の行使をしながら、トップが誕生するアメリカとはかなり形が違う。

②地方政治では既に「プチトランプ現象」は起きている

一方で「首長」選挙は、ダイレクトに代表を選ぶ選挙だ。代議員ですらない。任期が決まってるのも大統領制と同様だ。
となると「百合子現象」は起きる。
国政では保守的な選択をする人も、首長選挙では別の候補に入れる、というある種バランスを取ったことが可能である。
ワタクシが育った40年前の宮城県・仙台市では、知事はド・保守、市長は社会党・革新という絶妙な選択によって、市民にとっては居心地の良い高福祉が実現していたと思う。(しかし、その後の選手交代により汚職等が起こったことは、検証・研究の余地があると思っている)
「百合子現象」を見るまでもなく、実は、地方では「プチトランプ現象」は起こっているのだ。
橋下徹氏の大阪府・大阪市はもちろん、あちこちで、地元の名家出身が長いこと占めて来た政治に対するアンチテーゼは起っている。
(もちろん、一方では固定化されたところもあるが)
国政選挙とのバランスの中で、ちょっとした「ガス抜き」は地方政治でできるのである。

③「毒」は「毒」を持って制する 「家柄」への奇妙な信頼感と「戸籍」

格差社会が進む以前から、ある特定の「政治一家」が権力を握り続けることに不満がなかったわけでなない。
しかし、その際、それまでの権力に対して抵抗勢力として期待を担うのは、これまた「名家」出身の人だったりする(笑)
細川氏しかり、鳩山氏しかり。
まさに「毒」は「毒」を持って制す、である。
今回の福岡6区の補選を見ても、「知らない人より、知ってる(と思っている)人」のほうが安心感があるのだろう。まあ、名家出身の方が「悪いことをしたとしてもその程度がわかっているから」という安心感が逆にあるような気もする。
名家への信頼は別に日本に限ったことでなく、ヨーロッパ等でも、かならず「ハンガリー・オーストラリア帝国の末裔」とかが出てくる(笑)その理由は古き良き時代への回顧、つまりは「夢よ再び」プラス上記のことに帰着するような気がする。
「『アンクル・トムの小屋』とトランプ大統領のアメリカ」でも書いたが、その背景には差別と偏見が未だ解消されていない、むしろ深層では固定化されて現実がある。「白人」「男性」等いう「生まれながらの優越性」が具現化されず、不満を持っている層も含めて、いずれにせよその所在が誰にでも「分かりやすい」のである。
ところが日本の場合、その可視化は難しい。今回のことで、さまざまに文献を読んでいる中で気がついたのは、日本の場合は「だからこそ戸籍が必要」だ(った)、ということである。
逆に言えば、田中角栄ではないが「今太閤」的な新たな価値付けができればだが、その「今太閤」でも目指すは既存のエスタブリッシュメント。親が築いた人脈や地盤で子孫の生活を保障しようとすれば、一瞬の反撃はできたとしても、結局は同じ穴のムジナになる。
この辺についてはまた別のところで論じたい。

④ 今や美味しくない「政治の仕事」

日本の政治が抱える問題点のひとつとして、よっぽどモノ好きでなければ政治の世界で長く行き続けることが難しいということだ。
特に最近では、過去には情報を握ることによってコントロールできていたであろう利権構造もなくなり、仕事をすればするほど資産は減る、ということになりかねない。選挙も大変だ。政党から振り込まれる交付金だけでは到底賄えない。つまりは余裕のある人しか、自腹の切れる人しか、政治家として活動をし続けることはできない。小選挙区になって、当落が簡単にひっくり返るリスクが高まれば尚更、である。
また政治の世界で物ごとを計るスケール=価値観は、一般社会とはかなり違う。そうしたことを受け入れられ、持ち続けるには、家族も含めて、ある種の慣れが必要となる。
小選挙区制の導入や、公募等も含めた政治文化の変化は若い世代は非・二世議員の新規参入を可能にしたものの、逆の結果をもたらすものとなる可能性を持つというは皮肉である。

⑤ 橋下徹氏に見る「既得権益」のターゲットゾーン

地方政治において、橋下徹氏の登場はある意味「トランプ現象」を先取りしたものだったかもしれない。
多くのに人々が橋下氏に夢中になったのは、彼が今まで「タブー」とされたものと対峙したからである。
が、闘ったのは時の「権力」ではなかった。「公務員組合」や「弱者」の、『』つきの「既得権益」だったのである。
ここもまた書くと長くなるので、ひとつだけあげるとすると、
橋下氏の登場で公務員系「組合」の選挙に対する取り組みの度合いが格段に落ちたということを指摘しておきたい。
それまでは選挙となれば組合の選対が独自に立ち上がり、人とモノの集中投下を行ない、ガッチリとサポートして行く、というのがある意味当たり前だった。
が、「橋下以後」は風景が変わった。まさに、ロックオン、である。
「トランプ大統領のアメリカ」が政治的エスタブリッシュに対しての対抗と同時に不法移民等に対して厳しい態度を示していることと対称して見れば、その差はさらに際立つ。
『』つきの既得権益の打破だから、最終的にはエスタブリッシュの否定には行き着かない。むしろ、違う形で「エスタブリッシュ」に組み込まれて行く可能性がある。

⑤あるとすれば自民党が相当傷んだとき 

ここが一番重要だが(笑)トランプのような候補が登場しても、今現在であれば、野党側にはそれを支える政党はない。
小泉純一郎総理が誕生した時のように、自民党が相当に痛み、うちなる改革として、という形しかないように思う。それでも田中眞紀子がそれを支えたことを見ても、エスタブリッシュメントへの憧憬は残るのだが。
こうしてみると、記事の著者が指摘するような、日本が政治の世界においてはアメリカの「周回遅れ」でアメリカ政治を踏襲して行くという形態は取っていないことが分かる。
むしろ、4年に一度のルーティンでの変化よりも、国政や地方ではこきざみな「プチトランプ現象」を続けながら、前進したり、後退したりを続けている。
だからこそ、政権交代を経たとしても、大きな方向転換にはいたらなかったかもしれない。
実は、それこそが日本政治の独自性、強みでもあり弱みでもあるのである


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