阪口直人

【阪口直人】『逃げ帰った』との国際社会の評価、信頼の失墜をどう回復するか-南スーダンPKO自衛隊撤退

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民進党三重県第4区阪口直人総支部長が、カンボジアPKOにおける国連ボランティアとしての経験を踏まえた独自の視点から、3月10日に安倍総理が発表した南スーダンPKOからの自衛隊撤収の問題点の指摘や日本がPKOで果たすべき役割を提案しています。

出典 : http://blog.goo.ne.jp/xday0321/e/2dde60f3da6991cd01b5c887416a2402

 安倍総理は3月10日、南スーダンPKOに派遣していた自衛隊の『撤収』を発表した。世界最悪の人道危機と言われ、人道的な見地から63か国が派遣しているUNMISS(国連南スーダン共和国ミッション)は、1万3500人の要員がなお困難な任務を続けている一方、安保理は治安改善のために4000人の増員を決めている。

 「道路を造り終えた」「治安も安定している」との理由で任務終了とするのは日本国内向けの詭弁であり、到底国際社会に通じるものでない。

 各国が住民保護を目的とした活動を続ける中での撤退は、治安が悪化したから逃げ帰ったとの印象を与えかねず、日本への信頼の失墜は免れない。国連においてPKOは最重要ミッションだ。常任理事国を目指す日本の立場を大きく後退させることは疑いがない。

 

1.現地住民ではなく、自らの保身のために図っていた撤退のタイミング

 昨年7月以降、首都ジュバ周辺で大規模な戦闘が勃発。派遣部隊の日報には緊迫した現地の状況が度々戦闘と表現されていた。ところが政府は、日報はすでに破棄と虚偽の説明を行い、『法的な意味での戦闘はない』と国会で強弁を続けた。しかし、『死傷者が出れば総理を辞任する覚悟』と国会で答弁した安倍総理は、自衛隊員ではなく、ましてや南スーダンの人々でもなく、自分を守るために撤退のタイミングを図っていたと思われる。
今、国会は安倍総理自身の関与が焦点になっている森友学園の問題で大荒れである。安保法制の議論が沸騰している中での撤退は野党に屈した印象になり難しいが、政局の焦点が森友学園に移った今こそ、撤退のマイナス効果と自身への疑念を最小にするベストタイミングと考えたのではないか。森友学園の籠池理事長の記者会見が始まった同じタイミングで発表するとはきわめて姑息なやり方だと思わざるを得ない。

 これまで治安に問題はないと言い続けたこととの辻褄を合わせるための安倍総理の説明は、現地で活動を続ける他国の部隊には到底説得力を持ちえない。いったんPKOに派遣されれば、各国部隊は国連の指揮下に入る。各国が協力し合うミッションから自己都合で撤退したことによる信頼の失墜は、今後、国連、そしてアフリカにおける日本の発言力の低下に如実に表れるであろう。本来は外交の視点からも、中国が大きな影響力を持つアフリカにおいては、今回のPKOによって影響力をアップさせたかったはずだが。

 厳しい環境の中、任務を続けてきた自衛隊員の方々が非常に気の毒でもある。

 

2.自衛隊海外派遣の検証が必要

 1992~3年にかけて展開されたカンボジアPKOにおける自分の経験を思い出す。国論を二分した議論の末、初めて海外派遣された自衛隊。日本政府は最も安全な地域とされたタケオ州を拠点に施設大隊を展開し、1200人の陸上自衛隊員が道路補修などを行っていた。一方、文民警察や選挙の円滑な準備のために地方に展開していた私たち国連ボランティアなどは、和平プロセスが完全に崩壊し、日々戦闘が続く状況の中での活動であった。そんな中、同僚であった国連ボランティア・中田厚仁氏が選挙実施の支援活動中に射殺され、文民警察も襲撃を受け高田晴行氏が殉職。自衛隊も一日も早く撤退すべきと世論は沸騰した。

 当時のUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)は、国連が一国の統治を暫定的に担う史上初めてのミッションだった。湾岸戦争で140億ドルを投じながら人的貢献がなかったがゆえに十分な評価を受けなかった日本は、国運を賭けてカンボジア和平に主導的な役割を果たそうとしていた。PKO協力法を成立させて自衛隊を派遣したことはその大きな柱であり、撤退は極めて高いハードルだった。万一自衛隊にも死者が出たなら内閣は吹っ飛ぶとされながらも、撤退は避けたい。その結果、より現地のニーズに応える貢献をすることよりも、とにかく無事任務を終えること自体が目的化しているように見えた。カンボジア、さらに続いて派遣されたモザンビークでも、現地で自衛隊の方々と意見交換をする機会があったが、自衛隊が本来持っている能力、隊員の高い士気を思うと、非常にもったいないと痛感した。

 南スーダンにおける自衛隊は350人の施設部隊。南スーダンPKO全体の中で特別大きな役割を果たしているわけではない。一方、安倍政権は2016年、米国が提案した南スーダンに対する武器禁輸決議案に中国やロシアとともに反対するという信じがたい対応をしている。まさに南スーダンの和平プロセスに対する背信だが、その理由は南スーダン政府が反発する決議に賛成することで自衛隊に危害が及ぶ可能性があると危惧したことだ。ただ、自衛隊が撤退すれば、日本政府として武器禁輸決議に反対する理由もなくなる。

 このような状況を総括し、今後何をもって平和への貢献を果たしていくのか、自衛隊をPKOに派遣する上での参加5条件をいかに現実に即したものに変えていくかなど、あらゆる面から検証することが必要だ。

 私自身、過去の自衛隊海外派遣が十分に検証されていないことを危惧し、2010年に外務委員会、2013年には衆議院本会議において、カンボジアやイラクへの自衛隊派遣の在り方についての検証の必要性と、その結果について質問をした。ところが、国会議員に対しても十数ページの報告書が出てきただけであり、その大半は現地の地図や派遣概要などの一般情報であり、次回以降の派遣に活かせるような情報や分析は皆無であった。派遣、撤退の際には大騒ぎをするが、その教訓が全く生かされていないことを実感した。この姿勢は貴重な記録であり、自分たちの行動の正統性を示す根拠でもある日報を隠蔽・破棄せよとする行為ともつながっていることを痛感する。

 

3.平和執行型に変容した国連PKOへの対応が不可欠

 国連PKOは、1994年のルワンダにおいて100万人の大虐殺を目の前に何もできなかった教訓から、1999年以降、目的が平和執行型に大きく変わった。国際人道法に基づき、紛争の当事者になってでも、積極的に住民の保護を行うようになったのである。当然、装備もより殺傷能力が高いものを使用することになる。

 カンボジアPKOでは、紛争4派が停戦に合意したことを受け、中立であることを前提とした軽装備のPKOであったが、その後内戦が再開し、ポル・ポト派に住民が攻撃され、国連PKO要員自体がターゲットにされても、自分たちの身を守ることさえできなかった。

 しかし、PKOが平和執行型になった現在、そもそも、日本のPKO派遣5原則が成り立っている状況で派遣することなど考えにくい。従って、戦闘行為が続いているにもかかわらず「発砲事案である」「治安は安定している」と、嘘の上塗りを行わざるを得ない状況は、本質的にはPKOの変貌とPKO参加5原則が全く相いれないものになっていることが原因だ。

 東ティモールやアフガニスタンなどで長年平和構築の現場に携わった東京外大の伊勢崎賢治教授が重要な問題提起をしている。自衛隊は現地では国連の指揮下に入るにもかかわらず、憲法9条のもと、交戦する前提がない日本には軍法がなく、軍事法廷もなにもないため、軍事的過失を犯した自衛隊員をどのように裁くのか法的根拠がない。例えば、駆けつけ警護によって現地の武装勢力と戦闘になり、民間人を巻き添えに殺傷した時にどうするのか、根拠になる法律がないのだ。つまり、日本にはPKOを派遣する資格がそもそもないということだ。現実に合った法整備の在り方を根本から国会で議論・決定することなしに派遣を続けるのでは、今後も矛盾した対応は免れようがない。自衛隊の能力を活かすことは困難であり、現場の自衛官が真摯な活動をしても、PKOにおけるお客さん的な立場から脱却することは困難であろう。

 

4.日本独自の貢献の在り方-国際紛争の仲介役を積極的に担うべき

 今後、どのような視点に立てば日本の特性を活かした貢献が可能なのだろうか?

 あまり知られていないが、カンボジアPKOでは、自衛隊からは施設大隊以外にも停戦監視員が派遣されており、幹部自衛官が各国の幹部要員とともに任務に就いていた。私の任地はベトナム国境に近いラタナキリ州だったが、ベトナムとの国境地帯に派遣されていた停戦監視員の自衛官がよく立ち寄って下さり、様々な意見交換も行うことができた。他国の要員と共同で任務にあたるこの役割は、国際社会と共同で平和を構築する上での貴重なネットワーク作りにもつながる。私は、自衛隊を派遣するなら、この任務をもっと積極的に担うべきと考えている。

 また、文民職員としてPKOミッションに携わる要員を派遣するための人材育成にも尽力すべきだ。現場の草の根レベルで活動する専門家から司令部で采配を振るう幹部職員まで、紛争地の平和構築のために貢献できる人材を育て活用することは、自衛隊の派遣が困難な時にも日本の貢献を行う上で大きな意味がある。私は自分自身の経験から、特にこのようなミッションにおける幹部職員は、官僚よりも現場での経験が豊富な人材であるべきだと思う。リスクはあっても若い人材に積極的に紛争地域で経験を積ませる枠組みを作っていくべきだと思う。

 日本だからこそ果たしうる役割は、このような人材を幅広く活用し、平和国家であることの信頼を元に、国際紛争の仲介役を積極的に担うことだ。この試みは、インドネシア・スマトラ島の紛争地・アチェの紛争解決を行ったフィンランドの例がひとつの参考になるだろう。元大統領であるアハティサーリ氏と市民社会がタッグを組んでの紛争仲介外交は、日本の可能性を示している。また、これは日本の安全保障政策の根幹のひとつにもなり得る。ただし、アメリカの『間違った戦争』の下請けをするために集団的自衛権を行使するようなことがあれば、国際社会の信頼を得ることは不可能で、紛争の仲介など到底不可能であろう。

 鳩山vsアハティサーリ会談の意義-国際紛争の調停者としての日本を目指すために

 南スーダンPKOへの自衛隊の派遣は民主党政権時代に行われたものである。したがって、今回の撤退は政局にするのではなく、与野党が日本の国際貢献の在り方について建設的に議論するきっかけにすべきと強く問題提起したい。

 

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私の任地・カンボジア・ラタナキリ州ボケオ村に選挙監視活動に来たフランス人の国連職員と

 

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選挙実施を実施するための準備活動を行う私

 

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ウルグアイから派遣されてきた兵士と

 

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停戦監視員として派遣されていた自衛隊の方々と

 

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同僚だった中田厚仁さんの遺影を持つ、国連ボランティア終身名誉大使を務めた中田武仁氏


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